<sonarsound tokyo>を楽しみにしている、みなさん。こんにちは、門井隆盛です。このコラムでは、<Sonar 2006>に登場したアーティストたちのインタビューを通じて、<Sonar>は何か、アドバンスト・ミュージックとは何かに迫っていきたいと思っています。みなさんも、それぞれの自分のソナーを見つけてくださいね。

出発前、坂本龍一さんの取材はあきらめていた。取材リクエストは出したものの、「スケジュール的理由」により、できないもと伝えられていたからだ。しかし、人生は一瞬先のことですら予測することはできない。バルセロナに到着した翌朝…・・・、朝食を済ませた直後、弘石さんがものすごく焦った声でボクに電話をかけてきた。「カドイくん。急遽、教授のインタビューを英語でやることになったから助けてほしい」。冷静に考えると、すごく失礼なオファーだけれど、ボクはすごく嬉しかった。二つ返事で引き受けて、僕はタクシーに飛び乗った。到着したのは、とてもシャレたホテル。
ものすごくキレイな青空の下、爽やかな風が吹いてくる屋上のプールサイド。そこに、坂本龍一+ALVA NOTOことカールステン・ニコライが現れた。
—バルセロナの<Sonar>は何度目ですか?
CARSTEN NICHOLAI(以下C):3度目かな。
RYUICHI SAKAMOTO(以下R):ボクは2度目です。
C:ボクはプレイしなくても、ほとんど毎年来ているよ。自分のレーベルもブースを出しているしね。それと<Sonar Matica>*で2度インスタレーションをやるために招待されたんだ。
(*注:<Sonar Matica>=<Sonar>のマルチ・メディア・アート展示部門。毎年、フェスと同時に開催される)
—<Sonar>の印象は?
R:やっぱり、<Sonar>は音響系、エレクトロニカ系のフェスティバルとして最初にはじまったものだし、それにつづいて他の国や都市でもはじまっていますけれど……。やっぱり、シーンをリードするフェスティバルだと思いますね。いまでも先端を切っていて、それでいて大きくなっていますから。みんなでサポートして、大事にしていきたいですね。
C:最初は1998年にきて、パフォーマンスをしたんだけど。それまで10万人がくるような大きなコンサートにいったことがなかったからすごく驚いた。その年はクラフトワークがパフォーマンスをしたけれども、大きなコンサートを見たことがなかったから純粋に感動したし、アーティストとしても感銘をうけたんだ。それと……、その当時、パンソニックのミカ・ヴァイオやジミー・テナーなど、たくさんの友達がバルセロナに住んでいたということもあって、ビーチ・パーティをして遊んだりした。だから、<Sonar>にはビッグ・コンサートとプライヴェートなビーチ・パーティが同居しているような印象があるんだよね。さらに、コンサートに参加しなくても美しい街を楽しむこともできる。<Sonar>はとても特別なフェスティバル。オーガナイザーたちともパーソナルな関係を築けているよ。
R:ボクの場合は、1992年にオリンピックがあって。そのときに招待されて、曲をつくったり指揮したりして……。だから、感情的な結びつきがボクとこの街の間にあるんだよね。だから、半分冗談みたいに「わが町、バルセロナ」なんていってるくらいなんだよ。そして<Sonar>がはじまって。その頃には、オリンピックのときのスタッフとはコンタクトがなくなってしまっていた。でも、<Sonar>に参加して、オーガナイザーやスタッフと親しくなって。もう一度なんかアンコールみたいな感じでバルセロナとのアタッチメントができてきた。だから、この街と強い結びつきを感じますよ。