それ以前の「音楽」を更新するような試みとして誕生したテクノロジー・ミュージックは、より幅広い表現を求め続けてきた。そして、メディア・アートとの出会いによって知覚の拡張と発見をもたらす「新しい音」を生み出しそうとしている。
1937年にジョン・ケージは、これからの音楽が「電気的な手段の手助け」によって制作されるようになるだろうと予言した。しかし、その意味するところは電気楽器によって、それまでの既存の楽器の模倣を試みることとは根本的に異なるものだった。ケージが求めていたものとは、「新しい音」の経験であり、テルミンのような楽器が新しい可能性を持った楽器として登場した時に、それによって単に過去の楽曲をアレンジして演奏することは、ケージにとってその可能性を遮断してしまうものでしかなかった。さらにケージの洞察は、「音楽的な目的のためにありとあらゆる聴こえる音が利用可能」になり、フィルムなどの光学的な手段によって、サウンドトラックに描かれた図柄を音響化することなど、「音楽を合成的に作り出す機械的な媒体」が探求されるといったことにまで及んでいる。以降、1940年代末からミュージック・コンクレートや電子音楽の探求が開始されるが、やがて、それは所謂「音楽」にとどまらず、アートとさまざまなメディア・テクノロジーとが交差したイヴェントへと拡大した。1966年に開催されたマルチメディア・イヴェントの嚆矢ともいえる『ナイン・イヴニングス(九つの夕べ)—演劇と技術』では、その副題のとおり、美術家、音楽家、振付家など多ジャンルのアーティストとエンジニアが参加し、音を見たり、光を聴いたりといった「インターメディア」の実験が行なわれ、そこでケージは聴こえる音だけではなく、聴こえない音までも音楽の素材として取り入れようとした。こうしたエレクトロニクス、テクノロジーを介して行なわれた数々の実験において標榜されていたのは、技術的可能性の拡張にともなって表現方法が刷新されることによって、新しい音楽のヴォキャブラリーと体験を獲得することであった。つまりテクノロジー・ミュージックとは、知覚を拡張し、新しい体験をもたらすものの謂であり、それは、それ以前の「音楽」を更新するような試みのことであるということができるだろう。
現在における電子技術と音楽をとりまく状況は、特別な設備や施設、あるいはエンジニアに多くを負っていた、先にあげたような試行の時代とは大きく異なっている。コンピュータの処理速度の向上や軽量化などに端的に表われたテクノロジーの簡便化を転換点とする制作環境の変化により、テクノロジー·ミュージックはメディア・アートなどの周辺領域を巻き込みながら、より幅広い表現の試みられる分野としてその範囲を拡張しつつある。かつてのインターメディアの実験場としてのイヴェントが、60年代後半というポップ・カルチャーの時代という社会的文化的動向に後押しされて、所謂前衛芸術やデザイン、ファッション、映画、あるいは思想といった多岐にわたる領域との交流とともにハイ・カルチャー/サブ・カルチャーの境界を越え出ていったように、ここにもジャンルを越えた発展の契機が潜んでいるともいえる。70年代初頭を頂点としてその推進力を落としていったテクノロジー・ミュージックの試行は、80年代の所謂テクノ、エレ・ポップを経て90年代初頭にその影響関係を隔世遺伝的に顕在化させていく。それには、これまで聴くことすら難しかった多くの過去の音源が、アーカイヴの公開やCDによるリイシューなどの活発化によって、ふたたび多くの人々の耳に届くようになったことも要因となっているだろう。そうした、現代音楽における電子音楽の実験と現在のテクノなどエレクトロニック・ミュージックとの関連をミュージシャンたちに取材したドキュメンタリー映画に、イアラ・リーによって1998年に制作された『モジュレーション』がある。この作品は、ノイズ、テクノ、ハウス、トランス、ヒップホップといった現在のポピュラー・ミュージックの領域で展開されている現在のテクノロジー・ミュージックにおける、かつての電子音楽実験との影響関係や連続性を伺い知る格好の証言集となっている。それがかつての実験への現在のテクノロジーにおける再試行、再解釈、あるいはその発展型であるとしても、テクノロジー・ミュージックの探求の場は、むしろポピュラー・ミュージックに受け継がれ、展開されているようにみえる。
1994年よりバルセロナで毎年開催されている「先進的音楽(Advanced Music)とマルチメディア・アートの祭典」であるソナーは、電子技術によって進化、変化する現在のエレクトロニック・ミュージックを紹介する大規模なイヴェントである。今年のフェスティバルでは、日本人アーティストが大きくフィーチャーされ、坂本龍一+カールステン・ニコライ、岩井俊雄、池田亮司、前林明次といったメディア・アーティストやメディア・アートと関わりの深いアーティストが多く参加した。 また、数万人を収容する巨大なスペースで行なわれた〈sónar by night〉で、よりメジャーなゲストDJ/アーティストによるパフォーマンスがある一方で、メジャーなマーケットでは紹介されないようなアーティストを含むパフォーマンスのショウケースである〈sónar by day〉では、Taeji Sawai、堀尾寛太、柳澤真梨奈、Optrum(伊東篤宏+進揚一郎)、DoraVideo(一楽儀光+伊藤隆之)、Softpad、竹村ノブカズといったアーティストが紹介され好評を博していた。彼らは、センサー・デバイス(Sawai)や自作楽器(柳澤)や蛍光灯を音源とする音具(Optrum)、あるいは映像制御装置としてのドラムス(DoraVideo)などさまざまな手法を用いて、テクノロジーによる音楽/音響への介在を実践していることを特徴とする。
こうしたフェスティバルにおいて期待されることは、多くの聴衆と、メジャーなもの先鋭的なもの、テクノロジー・ミュージックからメディア・アートといった広範な振幅をもったアーティスト同士とが出会うことによって、もうひとつの可能性が切り開かれる契機を孕んでいるということだろう。
畠中実
Minoru Hatanaka (ICC curator)